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トップページ伝統と歴史>特別コラム 前川國男コラム

「ガイドひろさき2005」より

前川國男(1905〜1986)

新潟県生まれ。東大建築学科に在学中、近代建築の巨匠ル・コルビュジエの作品に惹かれ、卒業後パリのコルビュジエ事務所で学ぶ。帰国後A・レーモンド事務所に入所し設計活動開始。1935年前川建築設計事務所を開設し独立。数々の作品で、日本建築学会賞、朝日賞、毎日芸術賞、日本芸術院賞など多数受賞。

弘前市民会館や博物館、中央高校の講堂など市内8施設の設計を手がけ、日本の近代建築に貢献した、弘前ゆかりの建築家 前川國男。彼の生誕100年を記念し、前川國男の建物を大切にする会と青森工業高校建築科 古跡昭彦教諭からメッセージをいただきました。


前川國男の建物 in Hirosaki   前川國男の建物を大切にする会 代表 葛西ひろみ

街を歩いていると、時々、昨日までそこにあった建物が忽然と姿を消し更地になって、はっとさせられる、ということがある。その建物が特別自分にとって愛着のあるものでなくとも、よく目にしていた建物が突然目の前から消え去ることに、軽いショックと喪失感を覚えることが・・・。

建築家、前川國男がフランスのル・コルビュジエの下で2年間の留学を終え、日本の地に初めて建てたのが、弘前市在府町に現存する(財)木村産業研究所。時に昭和7年、今から73年前のことである。この建物に初めて入った時、時を経てもなお力強く存在する建物の空間の力とそのたたずまいに圧倒された。なんという透明感、なんという律儀さ!前川國男という人に会った事もないけれど、そこにいると一人の若い建築家の真っ直ぐな想いが空間に満ち満ちているのが感じとれた。この感想を一人の友人に話したことから、「前川國男の建物を大切にする会」の一歩は始まった。 もうかれこれ10年ほど前のことになる。

そして、正式に会として発足したのは、2004年2月。現在会員30名である。メンバーは会社員や公務員、主婦自営業者、学生などで、木村産業研究所を活動のベースとし、前川建築独特の空間や造形やその人物に魅力を感じ、それを大切にしようと思っている人たちである。

皆の共通の思いは、前川建築がある日突然姿を消すことはあってはならないということではないか?と私は考えている。すばらしい近代的建築が次から次へと建設されて目を見張るけれど、弘前は半世紀以上も、風雪にさらされ、人の営みを見続けてきた前川の建物が彼の一生の仕事の節目ふしめを記録するように8つも現存する唯一の場である。

生誕100年のこの年は、その意味をもう一度見直すチャンスである。そしてそれらが、弘前の街に個性を与え、街の一部になり、歴史にもなっているのだと皆さんに知っていただき、未来に向けて大切にしていこうと伝えるためにこれからも活動を続けていきたい。

前川國男の建物を大切にする会

2004年2月28日発足。会員数30名。前川國男の弘前に現存する8つの建物をよく理解し、大切にするための活動を行っている。2002年から2003年には8つの建物のスライド・レクチャー、バスツアーを実施。2004年10月からは、老朽化した弘前中央高校講堂の椅子補修プロジェクトを開始、現在進行中。806脚ある椅子補修は2006年春の弘前での前川國男生誕100年祭に向けて完成を目指す。2005年3月、弘前中央高校講堂模型づくりを実施。

お問い合わせ・入会申し込み TEL0172-33-3260


弘前市 前川國男の建築物を見る 青森工業高等学校建築科 教諭 古跡昭彦



木村産業研究所(1932年)

弘前中央高校講堂(1954年)

弘前市役所庁舎(1958年)
1作目の木村産業研究所では、コルビュジエのところで学んだ近代建築の5つの要素(ピロティ、独立骨組、自由な平面、自由なファサード、屋上庭園)を最大限に表現した。 建築家 ブルーノ・タウトが弘前を訪れた際、「どうして辺境の地に、コルビュジエ風の白亜の建物があるのか」と驚き絶賛したとのことである。

2作目の弘前中央高校講堂は、本格的な音楽堂の先駆けとなったものである。 この作品には、厳冬の北国特有の凍害から学び、水平の庇が設けられている。このころから前川は、日本の風土を意識した設計を志すこととなる。

3作目の弘前市庁舎では、重厚堅実を意識した単純明快な構造と大きな庇、そして城下町を考慮し、建物の高さを抑え大会議室には切妻屋根を採用するという配慮がなされている。 外壁のコンクリートうち放しとレンガブロックは、弘前公園の緑と違和感なく同化している。

弘前市民会館(1964年)

弘前市立病院(1971年)

弘前市立博物館(1976年)
4作目の弘前市民会館では、全面コンクリート打ち放しで、大ホールと管理棟をオープンデッキで結び、一つの敷地でありながら、場面ごとによって様々な風景を醸し出す演出をしている。

5作目の弘前市立病院では、壁面から窓サッシュを奥まらせ、より厳冬に強い建物を表現した。フラットルーフには、癒しの空間として屋上庭園が設けられている。

6作目の弘前市立博物館では、考案した打ち込みタイルを採用し、7作目の弘前市緑の相談所でも使っている。


弘前市緑の相談所(1980年)
そして、さらに大きな傾斜屋根が空間構成の中心的要素となり、弘前における最後の作品、8作目の弘前市斎場は、大きな屋根と打ち込みタイルの全盛を極める。

風土との共生や自然環境との調和、そして、場面ごとに情景を醸し出す演出の集大成とし、有終の美で仕事を閉じた。
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